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湖畔の宿〔前編〕 [捏造◆作文]

ようやっと、前半をアップします[るんるん]
妄想超特急ドリ~ム号に乗って、湖北のお宿での義兄弟の年越しを覗き見しに、いざ!

琵琶湖を三温糖でもって堂々砂漠化までは、さすがに無理でしたが[たらーっ(汗)]

何せ、元ネタが枯れ果てた『新冷血』ですもの……
ゴルフ場のバンカーどころか、公園のお砂場だって、か~な~り~無理がありやすぜ(爆)

何とか頑張って(嘘八百を並べて)、酸味も苦味も利いてるけど、やっぱり~~~(^"^;)
って程度には持って行きたいな、と思ってます[かわいい]

やっぱり義兄弟には幸せでいて欲しい~~~~!!!!!o(>_<)o ひたすらそれだけっス!
GO,GO,雄一郎! GO,GO,祐介![パンチ]
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 琵琶湖北東岸の一軒宿へ向かう湖畔の道には、さざなみ街道という和やかな通称が付いていたが、北へ向かうタクシーから左手に望む薄く冠雪した蘆の原は、凍り付きそうな暗藍色の湖を抱いて茫漠と寒々しく、動く物の姿も見出せない。だがその眺めは、今の己の心象とそう隔たってはおらず、寂寥に親しく同化すれば無理に浮き立つ必要もないように思えて安堵すら感じられた。
 いや。むしろ、安堵するために同化したいのか。
 ――それほど今、緊張………しているのか、俺は?
 意識に上せた途端、波立つ不安はくっきりと形をなし、雄一郎の胸裡に深々と根を下ろす。
 
 ――今年は湖北に正月の宿を取ったから、間違いなく来いよ。

 ……今年は。
 昨年は約束もし、それに従って互いに準備もし、だが畢竟会うことは叶わなかった。
 あのときの己は、失望したのだったか。それとも、救われたような思いで放心したのだったか。砂を噛むに似た索漠とした日々を耐えるうちに、自分が何をどう感じていたのかすら、時の流れの中にとうに見失っていた。
 今年は。
 祐介は、己に会えると信じているのだろうか。会いたいと、待ち望んでいるのだろうか。……昨年も、そうだったのだろうか。
 電話の声は、近しく過ごしていた頃と何も変わらないように思えた。屈託のない、知的で品良く、もの柔らかな声。その響きの中に、微笑は含まれていただろうか。
 思いも寄らず、受話器から突然に流れ込んできた声を、耳の内に何度再生したか分からない。それなのに、己の印象一つに委ねられたその先の細部に関しては、至って曖昧にしか捕らえられない。

 ――祐介、お前の声が捕まえられない。
 俺には、お前の顔が思い出せない。

 名も知らぬ水鳥の悲鳴が、聞こえたような気がした。


     *     *     *


 旅館は、道路一本きりを隔てた湖畔に、ぽつりと建っていた。車で訪うよりない地の利の悪さが、種々の騒音から隔絶された奥びわ湖の風情を守っている。
 フロントで名を告げると、「お連れさまは先に着かれて、部屋の方でお待ちです」と、にこやかに案内された。それに己はどんな顔をして何を答えたのか。気が付くと、仲居の後に付いて、廊下にまで敷き詰められた畳を踏んで客室へ向かっていた。
 一室の前で、仲居がベルを押す。中からの応えを待って、「どうぞ、こちらです」と通されるが、すぐに、
「ああ、後はもういいですから」
 と、低く穏やかな声が引き取った。

 未だ現実感がどこかへ飛び去った上の空で、動作やそれに伴う感覚も確と捉えられない頼りなさのまま、室内に踏み込んでしまった。
 近々と相対するのは何時以来かも思い出せないのに。前もって何の準備も覚悟もなしに、何一つ思い定める前に。いきなり昔と同じ二人きりの密室に投げ込まれ、否応もなく緊張する。
 出来れば逃げ出したい心底のなせる業か、泳ぎだした視線が、窓の外に真冬の琵琶湖を見つけた。冬枯れた湖岸の向こうに、傾き始めた陽をごく淡い白金に映した湖面が、黒々とした竹生島の姿をぽかりと浮かべて広がっている。淡彩画に変じた窓枠の中を、飛び去る鳥影が音もなく過ぎり、ああ、これは絵ではないのだな……と思う。
 その一瞬を捕らえたかのように、室内に音とも言えぬため息の気配が生じた。
 当初、まるっきりそれは自分のため息かと思った雄一郎だったが、続いて湧き起こった、これは紛れもない忍び笑いに顔を巡らせた。見れば、窓際のソファに深々と腰掛けた祐介が、片手に額を埋めて肩を揺らしていた。
「―――祐介?」
 嗄れた笑いをまだ噛み殺しつつ、ピアニストか外科医にこそ相応しい貴族的な長い指の間から、祐介の何ら変わらぬ活き活きとした光を湛えた目が覗いた。だが。
「来ないかと、最後の一秒まで思っていた」
 ふっと途切れた笑いに代わって手のひらの陰から落とされた言葉は切々と響き、次いで声の主は、全身の息を絞り出すようなため息を、もう一度ついた。
「祐介……」
 はたりと室内の音が死に絶えたが、この沈黙には、ぎこちないながらも会話が回り出しそうな温もりが潜められていた。


 窓際に2脚用意されたソファは、宿自慢の湖の借景を宿泊客が心ゆくまで楽しむための配慮らしい。だが、祐介はせっかくの眺望には目もくれず、向かいに腰を下ろす雄一郎を、一刻も惜しむ態の視線で追っている。
「変わらないな」
「――そうか?」
「年齢も職分も見た目からでは全く不詳だが、前にも増してお前らしい」
 勝手に何を評しているのか、祐介は随分と満足げだ。
「あんたが送って来るものを使ってるだけだから、だとしたらコーディネーターはあんただな」
「黒幕は俺か」
 言いながら、楽しげにくすくすと笑う。自分のほうこそ、歳にも職掌にも似合わぬ若者じみた軽やかな笑い声で。思わず、会わなかった月日が淡く解け去って行くような錯覚を覚える。
「笑い事じゃない。これから記者会見なんかの露出が増えそうな部署に、メディア対策のために警察臭の薄さだけで貴様みたいな者を敢えて配したのに、調子に乗ってその不埒な身なりは何だ、って上は苦り切ってる」
「出世もついに頭打ちか。いよいよお前らしい」
 祐介はくっくっと喉を鳴らし、なおも愉快そうに笑い続けた。

 他愛のない話題も尽きがちな両者の間には、断続的に沈黙が降りる。だが、二人の共有する時間には、徐々にではあるが温度や気分の遣り取りが成立しつつあり、もはや無音を恐れる必要はないことをどちらも理解していた。
 そうなってようやく我に返り、改めて周囲に目をやってみれば、いつの間にか日は山の端に沈みつつあり、外光は鬱金から赤々と燃え立つ夕映えに向かっていた。
 あらゆるものが様々な朱の濃淡に染まる中、ソファを立ってきた祐介が傍らに来るのを、雄一郎は黙って見遣った。先には自らの貌を覆っていた祐介の手がゆるゆると上がり、見上げる雄一郎の横顔に添えられる。
「一度だけ……いいか?」
 ――昔のように。
 吐息に紛れ、掠れた声が密やかに耳に届く。知り合った時分より遡り、中学生よりも生真面目な言いざまに暖かな微笑が漏れる。
「口頭ではNOとしか答えられない許可は、求めたらあかんて教えたやろ」
「あれは一般論だ」
「俺ら、ごく一般的な連れやろが……」
 手品のように、関西ことばが立ち返っていた。降りてくる衰えとは無縁な美貌に嵌め込まれた漆黒の眸が笑い、苦笑を吸い取って唇が寄せられた。
 まずは瀬踏みに触れ合うだけだった唇が、互いの感触を思い出し、伝わり合う体温を懐かしんで、次第に熱を帯びる。背を撓めていた祐介が、怺えきれずに膝を折り、床に跪いたのが分かった。
 そんな際にも雄一郎の頭の一方は、壮年も後半の男同士が明るい室内でにじり寄り、顔を寄せ合う滑稽さ、照れ臭さに居たたまれず、全身がむず痒いような思いに包まれる。そして、初めて祐介と口づけたあのイブの夜を、ありありと思い出していた。
 長年の親友――、ある時期は“義理”でもない実の兄弟同様の、ほとんど肉親に等しい己の“半身”と言って良かった男とそんなことをするなんて、身を揉む恥臭さに我慢出来ずに笑い出してしまいそうだ。まず捕らわれたのはそんな思いだった。
 だが。ソファの肘掛けの上で今、己の腕を掴んだ祐介の手が微かに震えているのを見て、あの時も、そんなおどけた先入観は即座に改められたことも思い出した。
 ―――あの時は、祐介の歯が鳴っていた。
 寒くて堪らないように、怖くてならないように。
 極度の緊張と、初めて味わう己のプリミティブな感情、生々しい激情の振幅の極限に掠われそうな怯えに、あの加納祐介の全身が、細かく震えていた…………
 およそ似つかわしくない形容だったが、あの夜の祐介は唯々いじらしく、胸痛む可哀想な迷い子だった。客観すればどうかなどは既にどうでもよく、切なさ愛おしさで胸が一杯になった雄一郎は、もはや笑うどころではなかった。至極当たり前に、ファーストキスよりも敬虔な気持ちになっていた。


     *     *     *


 目を閉じた中で、膝を突いた祐介が低い位置に来たためか、ふわりと流れた整髪料の香りに気が付いた。以前と同じ匂いだ。昔から、一度気に入るとめったなことでは変えないんだよな……。
 負荷が高そうな不自然な姿勢を思い、支える手を添えてやった肩が、以前より酷く薄く感じられる。触れる指に痛みを覚える尖った骨の感触に、痩せたか?と胸が詰まった。そこから、「一人住まいではちゃんと食べていないのではないか」「食わせる相手がいないとロクに料理もしないんだろう」「私事を考えたくないから仕事にのめり込んで身を細らせているんだろう」と勝手な想像が次々に湧き起り、それらが痺れるような激烈な甘さを伴って胸を占拠し、ほかには何一つ考えられなくなるのには、我ながら呆気に取られた。
 どうしたことだ。先刻までの覚束ない半覚醒状態はどこへ行った。こんなにも俺は揺らぐ人間だったか。些細な振幅でぐらぐらだ。
 気持ちがぐらぐらだと、己の背骨一つ支えられなくなるのか。眉根を寄せ、閉じ合わせた睫毛を震わせて一心に口づけに没頭する祐介を、瞼の隙間から窺うだけでは物足りなくなってきたのか。
 雄一郎は急激に高まった衝動に任せ、肩から背中に回した腕で相手の体重を支えてやりながら、カーペットの上に身を投げ出した。受け身を取ってクッションになってやった躰の上に、温かな重みが圧倒的な慕わしさと一緒にのしかかってくる。
 刹那、驚いた体で瞠られた祐介の目が、柔らかく撓んで見下ろして来る。躰ごと気持ちごと、雄一郎に属するすべてが愛おしくてならないと、何もかも大きく包み込むような。この地上で、祐介だけが持つあの眼差しに、遠く日々を隔ててまた包まれ、我にもなく雄一郎の視界が潤んだ。
 我が身の予想外のちょっとした暴走に面喰らい、慌てて上膊で目元を覆ったが、祐介の手にやさしく取り退けられて顔を背ける。良い歳をして、みっともなさに耐えられずに目を瞑ると、却って雫が結んでこめかみに伝い落ちるハメになり、狼狽していよいよ顔が熱くなる。
 頬から目尻へ、冷たく濡れた皮膚を辿り、温かで繊細な感触がその雫を丁寧に吸い取った。吐息が甘く瞼を撫で、どこまでも許され受け入れられる安堵に、全身の力が脱け落ちて行く。
 すっかり甘ったれた心裡が唆し、猛烈に祐介の顔が見たくなってゆるりと瞼を開けると、完璧なシェイプを描く唇が至近にあった。薄く綻んだ隙間から覗いた、猫を思わせる薄赤い舌に目が惹き付けられる。と、それが見る見る近づいて来て、あっと思う間に燃えるように熱い舌が眼球をぞろりと舐めてきた。
「はぁあ………ッ」
 声を噛み殺そうと身を立て直す隙もなく、瞬時に電撃が背筋を駆け抜ける。凄まじい戦慄に制御を失った躰が勝手に仰け反り、跳ねた背が床から浮いた。
 
 今はいつだ。ここは何処だ。
 一切が意味を失って消え去り、ついに二人だけが残った。

 ―――かつてと同じく。



                                                  ◆つづく◆
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